秘境へ

 十二所神社の近くから天園へと至る、番場ガ谷という谷がある。これを鎌倉の秘境と紹介しているガイドブックを、高校生の頃に読んだ。秘境が市内にある! これはもう行くしかない。勇んで出かけたが入り口がわからず、宅地開発が進んで潰されたのだろうとあきらめた。
 それから数年たったある日、天園ハイキングコースを北鎌倉側から歩いていた。いつもは瑞泉寺に下山するのだが、その日はたまたま天園の直下から脇道にそれて、谷へ降りる踏み跡を見つけた。抜けられるかどうかわからないが、偵察してみて、だめなら引き返せばいい。
 少し降りると足元がぬかるんできた。水はやがて集まって流れとなり、沢になった。谷は深まり、頭上を木々が覆う。枝沢を集めて、川は水量を増す。山奥の渓谷のようだが、道は踏まれているようで不安は感じない。難所にはロープが張られたり橋が架けられたりしている。この道で間違いない。
 やがて谷は開け、人里へ出た。それは以前、秘境への入り口を探したあたりだった。うすうす気づいてはいたが、今歩いてきた谷が番場ガ谷だったのだ。振り返ると、何となく見覚えのある人家の脇に、秘境への入り口はあった。知らなければ人の家の庭に通じる私道のようだ。

(2017年4月・片岡 夏実)


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