ペンギンのゆくえ
県立近代美術館の前庭には「ペンギン」がいた。少なくとも私はそう呼んでいた。
それは黒いつるつるした石でできた彫刻だった。高さは幼児の背丈くらい、寸胴な体に丸く大きな頭が載り、その真ん中に飛び出た目玉が一つある。フランスパンに似た形の部品の端が、頭の裏側から突き出して、手前からはくちばしに見える。フランスパンは胴体わきにも、翼か手のように張りついている。
たぶん裸婦を抽象的に表現したもの(頭は乳房、くちばしと翼は腕)だろうが、幼い私はペンギンだと思った。私はペンギンが妙に気に入り、なで回したり、まわりをまわったりして遊んでいた。何が面白かったのかわからない。子どもというのは何でも面白がれる人たちだ。
昨年11月末、近代美術館は、公募した美術館の古写真を展示した。20枚ほどの写真の中に「ペンギン」のものが三枚あった。どれも子どもと一緒だった。ペンギンと思われていたかはわからないが、子どもに人気があったのはたしからしい。
私のあいまいな記憶では、ペンギンは70年代半ば近くまで、そこにいた。今では美術館の中庭に置かれ、「作品-55」と素っ気ない題名が表示されている。この場所も安住の地ではなくなってしまった。美術館が閉館したらペンギンはどこへ行くのだろう。
(2016年1月・片岡 夏実)
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