小町通りの靴音
子どものころ、父がはいている革靴がうらやましかった。革に刻まれたしわと、コツコツという靴音がかっこよく思えたのだ。私のズック靴はしわができず、音らしい音はしなかった。
今ほど人通りがなかった小町通りを父に連れられて歩くとき、よくじっと父の靴を見ていた。足の甲が曲がると革のうねが高くなり、その間に小じわが寄る。一歩ごとに少しずつ、畝間としわは深くなるのだろう。深みのある靴音は、マンホールを踏んだとき、カチンと高く鳴る。そんな様子が私は好きだった。大人になったらこんな靴をはきたいと思った。
いざ大人になると、私はスニーカーやラバーソールばかりはくようになった。昼間の小町通りは靴音が響くような場所ではなくなった。自分のものも他人のものも、私は靴音など気にも留めなくなっていた。
去年の暮れ、通りかかった小町通りは珍しく空いていた。私は真新しい革靴をはいていたが、それはパツパツと安っぽい音を立て、気分を萎えさせた。私の靴の底はプラスチックで、たぶん父のは革底だったのだろう。父の靴が特に高級品だったわけではない。昔はそれが普通だったのだ。靴音のことはあきらめ、せめてかっこよくしわが刻まれることを願いながら、私は歩いていった。
(2015年12月・片岡 夏実)
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