日焼け電車

 江ノ電の広告電車を初めて見たとき、あまりのことに自分の目を疑った。今でこそ珍しくない車体広告だが、一九八〇年代前半には一般的でなかったこともある。だがそれは銅色というか金茶というか、色彩感覚を疑うような妙な色に塗られていた。側面のロゴを見て、納得はしないまでも状況は飲み込めた。資生堂のサンオイルの広告電車だった。塗色は日焼けした肌のイメージだったのだ。
 橙色のフタがついた黄色い容器の資生堂サンオイルは、そのころどこの海の家でも売られており、海岸じゅうに転がっていたポピュラーなものだった。今では常識になっている日焼け止めとは違い、赤くなったり皮がむけたりせずきれいに焼くためのものだ。海水浴といえば日焼けが当たり前の時代だった。
 初めは悪趣味に思えた日焼け電車(この呼び名は数年前、江ノ電の車内で隣り合ったご婦人に教えてもらった)だが、見慣れると愛着がわいてきた。ある意味で、夏の江ノ電には似合いの色だったのかもしれない。あれから何種類もの広告電車が走り、今も走っているが、こんなにさまざまな感情をかき立てたものはない。あのころはまだ、夏の浮き浮きした気分を、私が感じていたからかもしれない。
 夏の名残を秋風が吹き散らすように、秋の訪れと共に日焼け電車の日焼けはすっかり消えた。

(2015年8月・片岡 夏実)


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