夏至の匂い

 私が子どもの頃住んでいた山の上の家は、東を人家、南を山で囲まれていたが、西は谷戸へと開けていた。夏至の前後は、午後七時近くまで日が沈まず、沈んでからも秋のようには急に暗くならないで、昼と夜の境目の薄ぼんやりした残照の時間が長く続く。
 八時になれば寝る支度にかかる小学校低学年くらいまでの子どもにとって、七時というのは夜更けに近い。そんな時刻に外が明るい非日常感がおもしろくて、特に何をするでもなく近所を暗くなるまでぶらついた。そのとき必ずしたのが、マーガレットの花の匂いをかぐことだ。
 この季節、家の前の階段脇に、マーガレットの花が群れ咲いた。黄色い芯を白い花びらが丸く取りまく、典型的な花らしい花だが、ひとつだけ典型的でないのが、匂いだ。はっきり言えば臭い。そう思いながら、私はその匂いそのものというより、匂いをかぐ行為が好きで、遊びながら何度も匂いを確認した。なんとなく温かみがあり、なぜか落ち着く匂いだった。
 最近になって、それが犬の匂いに似ていることに、ふと気づいた。そういえばワインのテイスティングで「濡れた犬の匂い」などと表現するが、あまり美味そうに聞こえない。マーガレットの匂いと言いかえてみてはどうかと思うが、やはり違うのだろうか?

(2015年6月・片岡 夏実)


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