至福の中華店

 前を通るたびにその店が気になっていた。普通のたたずまいの中華料理店だ。おそらく私が小学生の時分からあるのだろうが、当時は気がつかなかった。そして、その頃から替えていないのか、店頭のサンプルが灰色に色あせている。ちょっと心配だ。でも、そういう店のほうが美味いともいう。期待を込めてある日のれんをくぐった。
 期待通り美味しかった。初めてなのにどこか懐かしい味、でも素人には出せないプロの味だ。しかも安くてボリュームたっぷりと三拍子そろっている。餃子と、野菜かレバニラの炒めものでビールを呑み、最後にラーメンを頼むのは至福と言えた。
 この店に気になる料理が二つあった。まず肉餃子だ。普通の餃子でも肉がみっちり入っていて、これを肉餃子と称しても文句は出るまい。その上にわざわざ「肉」を冠したものとは、一体なんだろう? もう一つは酢豚だ。他が三桁の中で、酢豚は千円を超える値を誇っていた。出せない額ではないが、安くて美味いものがたくさんある中で注文するには思い切りがいる。でもきっと、それだけの値打ちがあるのだろう。
 思いついたとき、いつでもそこにいてくれる、そんな店がなくなったと聞いたのは、今年の夏の終わりだった。いつか食べようと思っていた肉餃子と酢豚は、永遠の謎になってしまった。

(2014年10月・片岡 夏実)


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