夜の祭ばやし

 六月に入ると、極楽寺近辺は夜がにぎやかになる。近所の神社の祭に向けて、子どもたちによる祭ばやしの練習が始まるからだ。日曜日を除く毎晩七時から九時まで、しっとりと湿気をはらんだ梅雨の夜気の中、笛や鉦や太鼓が鳴り響く。初めはとぎれとぎれの音色が、祭本番の七月上旬が近づくにつれて、ひとつの流れにまとまっていく。
 この祭を八雲神社例大祭というが、町内には熊野新宮という神社があるだけで、八雲神社はない。どういう訳かと思ったら、八雲神社は関東大震災で倒壊し、熊野新宮に合祀されたのだという。それは観光ガイドにも載っていない、どこにでもある小さな鎮守だが、祭は盛大だ。本番になれば御輿が稲村ガ崎から極楽寺を経て坂ノ下まで、何度も行き来する。
 祖母が他界したのはある年の祭の日だった。外では楽しげな鳴り物が響き、威勢のいい掛け声と共に御輿が近づいてくるのがわかる。すると父がそわそわしだした。玄関を開けて外の様子をうかがい、しまいには弔問に訪れていた叔父と一緒に、葬儀の準備もそっちのけで見物に飛び出していって、母を大いに呆れさせた。
 その父も叔父も鬼籍に入った。祭ばやしの子どもたちも成長し、年々入れ替わっていく。それでも毎年変わらぬ祭ばやしが、梅雨空の下に今年も聞こえる。

(2014年7月・片岡 夏実)


©copyright "かえると散歩" all rights reserved
webmaster@super-frog.tv