逆さまの地図
鎌倉は東西北の三方を山に囲まれ、南側を海に面した天然の要害であり、それが源頼朝がこの地に幕府を開いた理由だと子どもの頃から聞かされてきた。そのためか私の頭の中には、南が海で北が山という地図が無意識にできていて、市内を歩くには都合がいい。
一〇年ほど前、香港に行ったとき、地図を見ていてあることに気づいた。香港島の北部の地形は鎌倉に似て、三方を山に囲まれ一方を海に面している。ただし南北が逆転して、海は北側だ。東西方向に走る路面電車は、江ノ電のようだ。親近感を持って眺めていたが、やがて混乱してきた。自分の頭の中の地図がひっくり返っているのだ。気をつけていないと逆方向に行ってしまうんじゃないだろうか。いや、方角は忘れて、左か右かだけを考えれば間違えようはない。そう自分に言い聞かせたが、ちょっと気を抜くと忘れてしまいそうだった。
そして案の定、路面電車で中心街に向かったつもりが、窓の外の景色がだんだん閑散としてきた。あわてて降り、歩いているうちに、風景はますます心細くなり、自分がどこにいるのかわからなくなってしまった。近所の店で道を聞くと、やはり反対方向行きの電車に乗って、さらに中心街から遠ざかって歩いていた。
(2013年1月・片岡 夏実)
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