九月の海
鎌倉で海水浴が快適に楽しめる期間は、思いのほか短い。八月に入るとクラゲが出始め、十日過ぎにはクラゲをかき分けながら泳ぐようになる。水をかく手にがさがさとぶつかってくるのだ。手のひらの皮膚は厚いため刺された感じはしないが、気分は良くない。腕や脚に当たると、びりっとした痛みが走る。二の腕や太腿の内側のような柔らかい場所だと、赤くみみず腫れが残る。
犯人のアンドンクラゲは、少し角ばった透明の傘から四本の白いひも(触手。これで刺す)を垂らした姿をしている。クラゲというと波間にぷかぷか漂う姿が思い浮かぶが、こいつは泳ぐ。一度、水の澄んだ浅い岩場で、ひくひく体を伸縮させながら、結構な速さで動いているのを見たことがある。
ある年、父から、九月に入るとクラゲはいなくなり、水もきれいで気持ちよく泳げるという話を聞いた。それならぜひ、九月に泳ごうと思った。ところが九月には新学期も始まって、何かと気ぜわしい。一方、クラゲの都合はわからない。学校や仕事があるわけではないから、いつごろ姿を消すのか定かでない。ぐずぐずしているうちに台風が来て海が荒れ、彼岸が過ぎ、本格的な秋が訪れる。毎年そんなことをくり返して、私は未だに九月の海を楽しんでいない。
(2012年9月・片岡 夏実)
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