居酒屋難民

 鎌倉駅前にあるお気に入りのチェーン居酒屋がなくなったのは、ほんの一年前のことだが、もっと経つような気がする。
 初めその店に入るつもりはなかった。学生のころに行った渋谷の同じチェーン店に、あまりいい思い出がなかったからだ。だがある日、その日のおすすめを記した店頭の黒板を見て、気が変わった。各店舗に仕入れの裁量が任されているのか、チェーンの居酒屋では見かけない種類の魚があり、しかも安かった。入ってみるとおすすめも定番メニューもおいしく、昔のことにこだわって敬遠していたのがバカらしく思えた。
 チェーン店らしくないのは料理だけではない。いつも定位置に陣取っている常連客が気さくな店長と談笑している様は、個人経営の店のようだ。カウンターの正面には活魚が泳ぐいけすがあり、それを店長は「水槽」だと主張していた。中にいるのはアジが多かったが、違う魚が入ることもあって、それを見るのも楽しみの一つだった。
 店が閉まる日、集まった常連客は最後の夜を楽しみ、名残を惜しんだが、明日からどこで呑んだらいいのか戸惑ってもいた。後日、小町通あたりのチェーン居酒屋を探索していると、昔の常連にばったり会った。もうみんな、居場所は見つかっただろうか。

(2012年6月・片岡 夏実)


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