鎌倉に住んで

 鎌倉の中では二回引っ越しているが、よその町に住んだことはない。鎌倉から出たいと思ったことがないわけではない。進学や就職をきっかけに、大学や会社の近くで独り暮らしを始める選択肢もあった。しかし通勤通学にあまり不便がなかったので、何となくぐずぐずしているうちに、時機を逸してしまった。そして都内での仕事をやめると、市外に出る機会も意欲もてきめんに減って、なかば引きこもりのような生活がしばらく続いた。
 鎌倉は住みやすいところだ。山も海も近くにある。東京や横浜に行くにも交通の便がいい。そんな環境だから、都会に住みたいとか田舎に移ろうという強い動機づけが生まれなかったのかもしれない。少なくとも自分にとってそれは、ぬるま湯の心地よさであるような気がする。長く浸っているうちに、心が風邪を引いてしまうのだ。
 井の中の蛙になるな、などと陳腐なことを言うつもりはないけれど、適応力があるうちは広い世界で色々な刺激を受けたほうが、きっと面白い。鎌倉に住むのは、たぶんリタイアしてからでも遅くない。それがわかっていても、ぬるま湯から出るには思い切りがいる。今の私には、他の土地になじむ自信はない。もっと若いうちに外に出てみればよかったと今さら思う。

(2012年5月・片岡 夏実)


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