大雪
ずいぶん昔のある冬の朝のこと。窓の外が妙に明るかった。夜の間に雪が降ったのだ。いつもは積もっても、地面がところどころ黒く見えているのだが、このときは低木のシルエットを残して、庭全体が濡れ縁と一続きに白くふんわりと包まれていた。「雪だあ!」幼稚園に上がる前の私は、叫ぶが早いか庭に面したガラス戸を開け、裸足のまま外に飛び出した……。
ここで記憶はとぎれている。ここからは後で聞いた話。私の姿が突然消えたことに父は戸惑った。庭を見ると雪にぽっかり穴が開いている。引き上げようにも縁側からでは手が届かず、かといって外に出たらもぐってしまい、自分まで身動きが取れなくなる。あたりを見回すと、軒下に板が置いてあった。それを雪面に渡し、上に乗って引き上げたという。
三歳くらいの子どもがすっぽり埋まってしまうのだから、深さ五、六〇センチはあったはずだ。鎌倉でそんなに雪が降ることは考えられない。崖と家に囲まれた窪地のような庭だったので、木や屋根から落ちた雪が吹きだまったのだと思う。それでも記録的な大雪だったことは間違いない。はしゃいでいたのは子どもだけで、世間では深刻なことになっていたのだろう。
そういえば私も、雪を単純に楽しめなくなって久しい。
(2012年2月・片岡 夏実)
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