秋分の夜

 一九七一年のその日、私は父と、荏柄天神と鎌倉宮の交差点にある中華料理店にいた。どこかへ出かけた帰り、つるべ落としに日が暮れ、外で夕食ということになったのだと思う。
 店主は父の友人で、たぶん私のために、店内のテレビで『帰ってきたウルトラマン』をかけてくれた。ふだんあまり外食をする機会がないので、中華屋のラーメンを食べながらウルトラマンを観るのは、新鮮でちょっと贅沢な気がした。その後、店に入ったことは一、二度しかないが、前を通るたびにそんな他愛ないことを思い出し、変わらずそこにあることに何となく安心していた。
 今から一〇年ほど前の夕刻、久しぶりに店の前を通りかかった。少し離れたところからすでに、生活感がない白茶けたようなたたずまいに、違和感を覚えていた。戸口に近づくと廃業を告げる張り紙が、薄暮の中にぼんやりと浮き上がっていた。
 寂しいというより信じれらない思いが強かったが、考えてみれば店が閉まったり建物がなくなっているのは、珍しくもないことだ。それでも自分が子どもの頃からあるものは、いつまでもそこにあるのだと疑ってもみないのだ。なくなるまでは。何の根拠もないただの思いこみなのだけれど。

(2011年9月・片岡 夏実)


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