夏を呼ぶ虫
虫の声というと秋の話のようだが、初夏に鳴く虫もいる。
五、六月ごろの夜、「ジー」というゼンマイ仕掛けのおもちゃのような抑揚のない音が、草むらから聞こえてくる。たぶんクビキリギスの声だ。たぶん、というのは姿を見たことがないからだ。図鑑で調べると、この時期にこういう声で鳴く虫は他にケラがいるが、子どもの頃からなんとなくクビキリギスだと思いこんでいる。
クビキリギスはキリギリスの一種で、秋に成虫になり、そのまま冬を越して初夏に鳴くのだという。多くの昆虫は秋には死んでしまうので、そんな生態がちょっと面白く、魅力を感じていた。ただ名前の由来は、一度噛みつくとなかなか離さず、引っ張ると首がちぎれてしまうことからだと聞いて、もし見つけても噛まれたらどうしようと、ちょっと怖かった。
夜、下りの横須賀線に乗っていると、大船を過ぎる頃からひんやりした夜気と一緒にクビキリギスの鳴き声が車内に入ってくる。線路脇の草木が多くなるからだろう。それほど大きな声でもないのに、それは電車の音や風のうなりにかき消されることはない。一匹、また一匹と、声が近づいてきては電車の後へと流れて行く。そのたびに鎌倉が近づいてくる。夏が近づいている。
(2011年6月・片岡 夏実)
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