裏道の写真館

 雪雲が低く垂れこめた大学卒業間近のある日、私は履歴書に貼る写真を撮るため、家から歩いて一〇分ほどの写真館に向かった。この期に及んでまだ就職先が決まっていなかったのだ。
 写真館は古い住宅街の路地を入ってすぐにあった。洋館を思わせる古びた白い羽目板張りの外壁と控えめな看板の他は、まわりの民家と変わらぬたたずまいだ。老店主に迎えられ通されたスタジオは薄暗く、艶を帯びた柱や床に歴史がずっしりと染みついていた。窓には雲をとおした乳白色の光が寂しくにじみ、目にしみた。それを見ていると、これまで空費した時間がなぜか悔やまれてきて、すっかり後ろ向きの気持ちになった。もちろんそれは私自身の問題であり、店主のあずかり知らぬことだけれど。
 就職活動は、返送された履歴書の写真を新しい履歴書に貼り直し、また送ることの繰り返しだった。何とか仕事が決まりしばらくたったある日、久しぶりに写真館の前を通りかかった。戸口脇に手書きの貼り紙があった。「……冩眞館 古城址」。おそらく主が高齢のため、閉店することになったのだろう。それは店主にとって城を明け渡すようなものだったのに違いない。
 城址はしばらく姿をとどめていたが、いつしか外壁が茶色の新建材に張り替えられていた。

(2011年4月・片岡 夏実)


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