十王岩

 天園ハイキングコースの尾根に十王岩という磨崖仏があり、眺望地として知られている。高校生の頃、古いガイドブックを繰っていて初めて写真を見たときには、バーミヤンの石仏のようなものがあるのかと驚いた。実際には人の背丈ほどの露岩に数十センチの冥府の王を三体刻んだもので、かろうじて人の形をした何かであることがわかるほどに風化が進んでいる。小学校の遠足やなにかで何度も前を歩いているのだが、これでは気づかないわけだ。
 それから何度も十王岩の前を通ったが、見るたびに十王像は薄れているように思える。おそらくそれは気のせいで、人が見てわかるほどの変化はないのだろうが、日々風化が進んでいることも確かだ。このまま行けば、十王像はいつか姿を消す。それがいつかはわからない、というより何をもって消えたとされるのかさえわからない。ある日を境にぱっと消滅するわけではない。有と無の間にある灰色の領域の中で、 侵食された岩の上に十王像を見いだすのを、人々は少しずつやめていくのだろうか。
 そんなことを私が考えていると十王岩が知ったら、笑ってこう言うに違いない。わしらのことより自分の心配をしろ。お前たち人間の時間はもっと短いぞ。

(2010年12月・片岡 夏実)


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