ドンドン橋
私は掘割の縁に立ち、下を走る横須賀線の電車がトンネルに入っていくのを眺めていた。秋の夕日に、向かいの山肌が黄金色に照らされている。足元は斜面に沿って枠を組み、板を張った橋のような通路だった。歩くとドンドンと鳴るので、私はそれを「ドンドン橋」と呼んだ。
そんな光景が強烈に印象に残っているのだが、幼いころの記憶にありがちなことで、その前後が抜け落ちている。それがどこなのか、何の折りに行ったのか心当たりがなく、長い間気になっていた。なじみのあるトンネルは鎌倉−北鎌倉間だけだが、そのような場所はない。たぶんあれは、夢の中や他所の土地で見たものが混ざった偽の記憶なのだろう、いつしかそう思うようになり、詮索を止めた。
何年も経った夏、名越切通しから横須賀線沿いに下る道を歩いた。初めての道のはずだった。しかし逗子との市境にあるトンネルの上で、どきりとして足を止めた。ここには来たことがある。遠くで踏切の警報が鳴り、見下ろすと掘割を走ってきた電車がトンネルに吸い込まれていく。コンクリート板を張った橋のような道は、ドンドンと足音を増幅した。 あの日を冷凍保存してあったかのように。
その後トンネルの工事で少し風景は変わったが、ドンドン橋は健在で、歩くと昔のような音がする。
(2010年11月・片岡 夏実)
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