あこがれの虫

 昆虫図鑑が子ども時代の愛読書だった。毎日一度は開いていたような気がする。特に気に入っていたのが口絵に載っているハンミョウの写真だった。自然のものとは思えない、紅と藍に染め分けた羽根の上から細筆で白い星を散らしたような、不思議な色彩の甲虫だ。このカラフルな虫をずいぶん探し回ったが見つけられず、鎌倉にはいないものと思っていた。
 初めて実物に出会ったのは、たしか小学校三、四年の夏のことだ。探して見つけたのではなく、夜、どこからか灯に飛んできた。電灯の光では写真よりも色がいくぶんくすんで見えたが、それでもきれいだと思った。肉食昆虫だけあって鋭い牙が少し怖かった。飼ってみたかったが、餌が大変そうなので諦めた。
 十何年か経ち、ハンミョウのことを忘れていたある日のこと。鎌倉のはずれの細道を歩いていると、何十匹もの小さな虫が飛び回っているのを見た。木漏れ日に羽根の紅と藍の色が鮮明に映えた。ハンミョウだ。前に見たときより小さく感じられた。あれほど憧れた虫がハエのようにブンブン飛んでいる。あっけない光景だった。とはいえ今でもハンミョウは好きで、山道で出会うと、懸命になって探していた子どもの頃を思い出して胸がわくわくする。

(2010年8月・片岡 夏実)


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