鎌倉事件録
高級住宅地や鎌倉文士のイメージから、鎌倉はおっとりした土地柄と思われているようだが、その昔は荒っぽいこともあったらしい。これは母から聞いた、私が生まれる前の話。
ある年の市会議員選挙の最中、蛇山という候補者の運動員が、知ってか知らずか対立候補である蛙田候補の後援会長宅を訪れ、投票を依頼した。対応した家族が断っても、運動員は構わず勧誘を続けた。これに腹を立てた蛙田陣営の若く血の気の多い運動員たちは、仕返しに蛇山選挙事務所に乗り込んだ。といっても暴力沙汰におよんだわけではない。支持者のような顔をして上がりこみ、どさくさにまぎれて目立つ場所に蛙田候補のポスターを貼ったのだ。
当時の公職選挙法のもとでは、今とは違い、ポスターをどこにでも自由に掲示できた。ポスターをはがしたり隠したりするのが違法なのは、今と同じだ。自分の事務所の中も例外ではなく(対立候補の事務所に貼るなど、法の想定外だったのだろう)、蛇山陣営はそのポスターを勝手にはがすことができない。
やがて「頼むからはがしてくれ」と蛇山側が泣きを入れたので、蛙田陣営は大いに溜飲を下げたという。
(文中仮名)
(2010年6月・片岡 夏実)
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