初めての海釣り

 引っ越して海まで歩いて行けるようになったので、釣りに出かけた。文具店で三〇〇円の釣り竿セットを、今は白いカフェになっている海辺の釣具店で餌を買って、何が釣れるのかもわからないまま坂ノ下の岸壁へと向かった。岸壁沿いには、子どもの背丈ほどの防波壁があり、足場が高すぎて、おもちゃのような短い竿では仕掛けが届かない。一カ所だけ防波壁が切れ、階段で海面近くまで降りられるところがあったので、そこで釣ることにした。
 水は澄み切り、春の日が底まで届いていた。波はときたま、たぷん、と音を立てるだけだ。鉤にかからないほど小さな魚の群れが通りすぎるのが見えた。ここは浅すぎるんじゃないだろうか。沖へ伸びるテトラポッドに移って、もっと深いところへ行かないと釣れそうにない。
 幅一〇センチほどの岸壁の張出し伝いに数メートル先のテトラまで行こうとして、バランスを崩し、落ちた。水は腰くらいで、冷たくはなかった。流された餌を拾う気力もなく、自棄になりざばざば水を蹴立てて岸へ上がると、濡れたズボンをおもらしだと思われないか心配しながら家へ帰った。今では防波壁の切れ目は塞がれているけれど、別に私が落ちたからではない。

(2010年4月・片岡 夏実)


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