赤い土の記憶

 それがどこなのか、はっきりとはわからない。浄明寺か十二所方面のバス停からそう遠くないところだったと思う。宅地造成前の空き地は赤茶けた粘土質の泥に覆われ、干上がったダム湖の底のように深くひび割れていた。おそらく幼稚園に上がる前だった私には、それがどこまでも続いているように感じられた。そこで同じ年くらいの女の子と出会い、仲良くなった。持っていたガムをあげ、一緒に泥の中に踏み込んで遊んだ。陽気のいい日で、湿った土の感触が心地よかった。
 帰りぎわその子は、またガムが欲しいと言った。そのガムは何種類かのフルーツ味を一枚ずつ詰め合わせたもので、残っていたのはとっておきのグレープとオレンジだった。それだけはどうしてもあげたくなかった。私はその子をおいてさっさと歩きだした。なぜそんなにかたくなだったのかわからない。振り向くとあの子がこちらを見ていた。「ガムたべたいんだよう」泣きそうな声がした。それからその場所へ行くことはなかった。
 赤土の空き地はどこかの住宅地の下に埋もれ、たぶん二度と姿を現すことはない。この記憶も私の意識の底に沈んでいるが、ときどき浮かび上がり、そのたびにあのときガムをあげて仲直りしていればと少し後悔する。

(2010年1月・片岡 夏実)


©copyright "かえると散歩" all rights reserved
webmaster@super-frog.tv