クサギの花

 八月終わりから九月初めの鎌倉は、日中は暑くても朝晩は涼しい風が吹く。その風に乗ってユリの花のような香りが私の部屋にただよってくる。裏山の斜面に咲くクサギの花の香りだ。三メートルほどの木に白く細かい花がいくつも塊を作っている。薄赤く見えるのは萼の色だ。名前の通り、草いきれを濃縮したような臭いのする地味な低木が、この時だけは華やいでいる。香りに誘われて集まる鎌倉蝶たちで、花はさらににぎわいを増す。
 ある朝、目覚めると風が昨日までとは違うことに気づく。ただ涼しいだけでなく、空気そのものがひんやりとする。秋の始まりだ。夏と秋のせめぎ合いはまだしばらく続くが、季節の境界線を一歩越えたのだ。
 やがてクサギは花を落とし、鎌倉蝶も姿を消す。再びひっそりとしたクサギの木は、秋が深まるともう一度違う装いを見せる。赤みを増した萼の上に紺色の丸い実をつける。蝶たちが夏の終わりに結ばせた実だ。枝を一本細身の花器にでも挿しておくと、いいインテリアになるだろう。実をつぶして草木染にすると、きれいな空色に染まるそうだ。

鎌倉蝶=クロアゲハ、カラスアゲハ、モンキアゲハなどの黒いアゲハチョウ

(2009年9月・片岡 夏実)


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