八月
朝から陽射しは強烈で、セミが早くも競うように声を張り上げている。今日も暑くなりそうだ。こんな日、山の上の家では、やかん、バケツ、たらい、洗面器、風呂桶と容器を総動員して水を汲んでおく。
昼近くなると水道の蛇口をひねっても、がーごぼごぼ、うがいのような音がするばかりで水は出ない。由比ケ浜の海の家や海沿いの飲食店で、シャワーに調理に洗い物に大量の水が使われるので、圧力が下がって高台まで上がってこないのだ。
ますます強い陽射しに地面が熱く白む昼下がり、汲み置きの水を大事に使いながら過ごす。朝顔の花はとうにしぼんで、葉までが力なくうなだれている。虫だけはやたらに元気だ。セミの声は途切れることなく、アリはせわしなく歩き回る。トンボの羽がきらめき、時折かすかにジジッと鳴る。黒い大きなアゲハが屋根よりも高く飛ぶ。やがて太陽が傾き、赤く日焼けした海水浴客がぐったりして帰りの電車に詰め込まれるころ、水道は息を吹き返す。空は夕焼け。明日も水を汲んでおかないと。
これはずいぶんと昔の話。今では水道も改善されて、こんなこともないだろう。
(2009年8月・片岡 夏実)
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