ドクトル・コッホの山

 結核菌発見者のコッホ博士が鎌倉を訪れたことを記念する石碑が、稲村ガ崎海浜公園にある。以前、この碑は坂ノ下から稲村ガ崎へと伸びる霊仙山に置かれていた。明治後期、山頂は公園で、そこからの眺めをコッホは楽しんだという。 記念碑がまだここに建っていた頃、一度だけ見に行ったことがある。
 登り口から頂上までにかかった時間はせいぜい10分ほどだったと思うが、滑りやすい赤土の急斜面を、張ってあったロープを頼りに登らねばならず、着いたころには身体は汗でべとべと、髪の毛にはクモの巣がまとわりついていた。地衣に覆われた石碑は見ても面白いものではなく、周囲に木が茂って、コッホが愛した眺望も得られなかった。いったい何が楽しみで行ったのやら。
 その後すぐ、結核菌発見百周年を期に、碑は稲村ガ崎公園に移設された。今思うと、斜面に設置されていたロープは調査か作業に使うもので、関係者を除けば私があの場所で碑を見た最後の人間なのかもしれない。
 稲村ガ崎に移された碑にはもう何の興味もない。元の場所には行ってみたい気もするけれど、登り口は草に埋もれ、どこにあるのか見当もつかない。

参考資料:沢寿郎『知られざる鎌倉』(鎌倉朝日 1985)

(2009年7月・片岡 夏実)


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