見えないランドマーク

 稲瀬川河口から100メートルほど東で、由比ケ浜駅方面から旅館「かいひん荘」の前を通ってきた道が、海岸沿いの国道に合流する。以前この三差路の角に「大海老」というレストランがあった。名前の通りエビ料理が売りで、結婚式場を併設した四階建てのビルの壁面に「大海老」の文字が、屋上の看板には大きなエビの絵が踊っていた。遠くからでも目立ち、一度聞いたら忘れられない名前なので、よく道案内の目印に使われた。80年代半ばに閉店し跡にはマンションが建っているが、地元では今でも「大海老の角を曲がって」というような言い方をすることがある。
 少し前のこと、かいひん荘の前を通りかかると交通事故の現場検証の最中で、まだ30前と思われる若い警官が無線で何か報告していた。「大海老の脇を入ったところ……」確かにそう言っているのが聞こえた。おそらく上司や先輩の言い回しを受け継いだのだろう。それは彼の後輩にも引き継がれ、やがて大海老を直接知る人間がいなくなっても名前だけが残るのだろうか。むかしだったら三差路周辺が「大海老」という地名になるところだ。残念ながら今では地名は行政が決めるもので、自然発生的にできるようなのどかな時代ではないけれど。

(2009年6月・片岡 夏実)


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