Elusive Erika
イルーシヴ エリカ

 小町通りの中ほどの、いちばん混みあうあたりに喫茶店エリカはあった。初めて入ったのは20年くらい前、父に連れられて。店の中には陽がいっぱいだった。エリカのママは物腰が柔らかく品のいい年配の女性で、父によれば戦前に鎌倉で一番古いミルクホールを開いた人だそうだ。昔なじみの二人が古い時代の話に興じるのを聞きながら、私は通りを行き交う人を眺めていたような気がする。
 しばらくして再び訪れたエリカには、やはり陽がいっぱいだった。その少し前に父が他界したことをママに話したかどうか、いずれにせよどんな話をしたのか、どうしても思い出せない。同行の友人がコーヒーのおいしさに感激しておかわりをしたことだけ、なぜか覚えている。エリカに行ったのはその二回きりだ。三度目に行こうとした時には見つけられなかった。所在を忘れてしまったのかもしれないし、すでになかったのかもしれない。
 今ではエリカはかすかな記憶の中に訪ねるしかないが、場所も、店の造りも、ママの顔も、コーヒーの味も、思い出そうとするとそこにあふれていた陽の光に溶けてしまう。
Elusive=とらえどころのない、見つからない

(2009年2月・片岡 夏実)


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