はちまんさん
子どもの頃は鶴岡八幡宮の裏手に住んでいたから、はちまんさんは庭みたいなものだった。幼稚園ははちまんさんの中。小学校への通学路。放課後遊ぶのも夏休みにラジオ体操をするのもはちまんさん。
本当はいけなかったのだろうが池のまわりを自転車で競走し、ザリガニを釣り、木のウロをつついてカブトムシを探した(スズメバチが出てきた)。手水場は水を飲むところだと思っていた。 源氏池のほとりには古い茶屋があり、おでんの匂いがいつも漂っていた。はちまんさんは神社でも観光地でもない、日常的で雑然として、おおらかで飽きないところ。
ぼたん園ができると、お金を払わなければ池をぐるりとまわれなくなり、やがて茶屋がなくなって斎館が建った。はちまんさんは、こぎれいでよそよそしく退屈な場所になった。
仕方ないことだ。本当は私の庭ではないのだし、喜ぶ人や潤う人も大勢いるのだろうから。でも、はちまんさんの神様は昔なじみの私の気持ちを汲んで、いつかぼたん園と斎館に代えておでんの匂いのする茶屋を戻してくれるんじゃないかと秘かに信じている。
(2008年12月・片岡 夏実)
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